© 1998 Kate Rothko Prizel & Christopher Rothko / ARS, New York / JASPAR, Tokyo G3388

長い廊下を経てロスコ・ルームに入ると、空間を囲むようにして赤茶色の巨大な絵が現れます。変形七角形の部屋の中央には、床の色と同化するように、鑑賞のためのソファがひとつ。無表情な平天井の外縁から漏れる抑えた光が7枚の壁と絵を照らしています。

画家のヴィジョンを実現する空間

ロスコ・ルームは2008年に増築された部屋の一つで、マーク・ロスコの〈シーグラム壁画〉専用展示室として建築家の根本浩氏(※)が設計しました。1950年代末、ニューヨークの高級レストランを飾るために制作された<シーグラム壁画>は、「自分の作品だけで一室を満たす」というロスコの願いが叶うはずの初めての連作でした。計画は実現しませんでしたが、半世紀後の日本で画家の夢を形にすべく整えられたこの空間は、絵と建築が一体化した「場」として鑑賞者を包み込み、言葉を超えた世界へ誘います。

※1990年創立時オリジナルの建築に関しても、海老原一郎率いる設計チームで実作業の中心的役割を担った建築家。

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根本浩によるロスコ・ルームのスケッチ(2005年)
作品と丁寧に向き合えるよう壁1面につき1点の絵を展示。そのため、部屋は変形七角形となっています。

仄かな光のもとでこそ、本来の姿を現す絵

室内に入り、しばらく絵の前に佇むと、はじめは沈んだ赤茶色の面にしか見えなかった画面に深みと奥行き、あるいは輝きをも感じることができます。ロスコ・ルームの特徴の一つである「照度の低さ」は、ロスコが<シーグラム壁画>を描くために借りたスタジオに由来します。スタジオの照明は、主に天井付近の小さな窓から入る外光のみ。ロスコは照明器具で天井を照らすことはあっても、画面に直接当てることはなかったそうです。
薄く溶いた絵具を何度も塗り重ねた<シーグラム壁画>の絵肌には、色の粒子がふわりと立ち上がるような独特の表情があり、その陰影は強い光を当てると消えてしまいます。ロスコは自身の絵が仄かな光のもとでこそ、その本来の姿を現すことを心得ていたのでしょう。

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バワリー街222番地のマーク・ロスコのスタジオ(1960年)撮影:ハーバート・マター
元は体育館だったスタジオ。照明が乏しく、床は真っ暗だった

絵に包み込まれる一体感

ロスコは、自身の作品が人々の心の奥底に潜む感情と通じ合うことを強く望んでいました。そのためロスコ・ルームには、作品と鑑賞者が深い一体感を持てるよう、さまざまな工夫がなされています。7つの壁のコーナーには丸みを施し、絵画に包み込まれる感覚を強調。 部屋の大きさは、かつてロスコが意図した「親密な空間」を実現すべく小さめに。細部までロスコの意図に沿うよう検討されたこの部屋は、作品鑑賞の場にとどまらず心の奥底と対峙する場となっています。

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© 1998 Kate Rothko Prizel & Christopher Rothko / ARS, New York / JASPAR, Tokyo G3388